令和6年度の介護報酬改定に伴い、全介護サービス事業者が、虐待防止に向けた取り組みが必義務化されました。この改定の背景には、高齢者の増加と高齢者虐待の相談・通報件数が増えてきているからです。
高齢者虐待防止に取り向けた取り組みとして、介護サービス事業者は高齢者虐待防止・身体拘束防止研修を年2回実施しなければなりません。年2回実施することにより、職員の知識と意識を高めるのが目的です。
今回、勤務する施設内で「高齢者虐待防止・身体拘束防止研修」の研修講師を務めることになりました。介護施設職員の私が高齢者虐待が起こる要因は何か、どうしたら防げるのか?介護施設の実情を照らし合わせて虐待防止を考えていきたいと思います。
高齢者虐待の分類と発生割合
高齢者虐待の分類
高齢者が虐待には5つの分類があります。このように定義されています。
ⅰ 身体的虐待:高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴力を加えること。
ⅱ 介護・世話の放棄・放任:高齢者を衰弱させるような著しい減食、長時間の放置、養護者以外の同居人による虐待行為の放置など、養護を著しく怠ること。
ⅲ 心理的虐待:高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
ⅳ 性的虐待 :高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせ
ること
ⅴ 経済的虐待:養護者又は高齢者の親族が当該高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること。
<引用文献>Microsoft Word – 00 表紙目次060424.doc (mhlw.go.jp)
厚生労働省;高齢者虐待防止の基本
では、具体的な例を挙げていきます。
①身体的虐待
暴力行為はもちろんのこと、無理やり口に食べ物を入れたりする行為。身体拘束も身体的虐待にあたります。
②介護等放棄(ネグレクト)
利用者様の爪や髪の毛を伸び放題にしたり、利用者様を長時間の放置をすることなどです。
③心理的虐待
利用者様から話しかけられているのに無視をしたり、利用者様を怒鳴りつけたりすることなどです。
④性的虐待
排泄の失敗に対して懲罰的に下半身を裸にして放置したり、トイレの扉を開けっぱなしで放置したりするなどです。
⑤経済的虐待
自販機で買う飲み物代や電話代など、日常的に必要な金銭を渡さない/使わせないことです。
身体拘束と高齢者虐待の関係
身体拘束は3つの条件を満たさないと、高齢者虐待と認定されます。
身体拘束が認められる3つの条件
- 切迫性・・・・本人または他の入所者(利用者)等の生命または身体が危険にさらされ る可能性が著しく高いこと
- 非代替性・・・・身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する方法がないこと
- 一時性・・・・身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること
そもそも、身体拘束は人権侵害にあたりますので、基本はやってはいけません!
もし、身体拘束をするのであれば、以上の3点を十分に検討し、記録を残すことが必須です。身体拘束は、必要な時間と限られているので、身体拘束した時間を必ず記録に残しましょう。
そのまえに身体拘束をしなくてもいい方法を検討していくことが重要になります。
虐待の種別の割合
介護施設の虐待で多いのは、1位は「身体的虐待」57.6%、2位は「心理的虐待」33.0%、3位は「介護等放棄(ネグレクト)」23.2%です。
<介護施設の虐待種別の割合>

一方、在宅での虐待で多いのは、1位は身体的虐待65.3% 2位は「心理的虐待」39.0% 3位は「介護等放棄(ネグレクト)」19.7%です。
<在宅での虐待の種別の割合>

<引用>001180261.pdf (mhlw.go.jp)厚生労働省 令和4年度「高齢者虐待防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果
「身体的虐待」「心理的虐待」「介護等放棄」の順番は変わりませんが、介護施設では、「身体的虐待」と「心理的虐待」の割合が在宅よりも低くなっており、「介護等放棄」が在宅よりも多くなっています。
この違いは、介護施設では職員一人が接する利用者様の人数が多いのに対し、在宅では介護者と要介護者の1対1の密な関係によるもので、関係性の濃さからだと考えられます。
その結果、関係性が濃いゆえに在宅では、介護者が要介護者へ直接的な虐待が多いのに対し、施設では他の利用者様のケアをしていて、放置してしまいがち=介護等放棄が増えてしまいがちと考えられます。
介護施設での高齢者虐待が発生する要因
介護施設での高齢者虐待が発生する要因は以下の主な要因の3点です。
- 教育・知識・介護技術の問題 56.2%
- 虐待を助長する風土 21.5%
- 職員のストレス 22.9%
あの職員の性格が悪いからだろ?
あの人、介護に向いてないよね。
毎年、高齢者虐待防止研修は行われており、要因についても講義がありました。私の施設の職員は、①の要因が、なぜこの要因なのかが、納得できなかったようです。その時の研修担当も「なぜ①の要因が多いのかわからない」と言っていて、現に、虐待に近いことが行われていた時に、施設の職員同士でこんな会話さえありました。
ちなみに個人の倫理観や理念の欠如によるものは12.7%でした。これから見ても、個人だけの問題ではないということがわかりますね。
では、実際に上位3点についての要因を説明していきましょう。
①教育・知識・介護技術の問題
介護老人保健施設で働いている職員は、基本的に看護師・介護福祉士・社会福祉士介護支援専門員・理学療法士・作業療法士・介護職員初任者研修取得者など、必ず何かしらの資格を持っており、それなりの勉強をしてきている人たちの集団です。
それでは、なぜ、教育・知識・介護技術が問題となってくるのでしょうか?
虐待を受ける人の大半は、認知症の方です。認知症の方は、認知機能の低下により、環境が変わると、精神的にとても不安定な傾向にあります。
例えば、「なぜ施設にいるのか」「目の前にいる人がどんな人なのか」「今自分が何をしていたのか」などわからなくなってくると、精神的に不安定になり、暴力・暴言や介護拒否につながり、環境にそぐわない行動を取ることがあります。環境にそぐわない行動障害をBPSDと言います。
本来なら、適切なケアを行うことで、BPSDを引き起こさない・軽減することが大事です。これが虐待防止の根幹であります。
しかし、今まで培ってきた教育・知識・介護技術を使わずに、不適切なケアをとると、BPSDが悪化し、職員でも手に負えなくなります。その結果、虐待につながることがあるのです。
学校の勉強だけでは、利用者様のすべてを理解できません。
身体機能、精神機能、環境、性格等あらゆる情報を整理し、目の前の利用者様を理解し、
適切なケアをすることで、はじめて自分の職種の専門性を生かしているのだと思います。
組織としても、自己研鑽を高めるように支援体制を整えていく必要があります。
②虐待を助長する風土
私の勤務している施設では、行政から指導が入るまでの虐待はまだありません。虐待と呼ばなくても、虐待に近いかな?という場面に出くわすことがあります。「何度もトイレ行ったでしょ?」とか「(おしっこを)オムツにしていいよ」「○○さん(職員の名前)が怖い」など、私が実際見た場面もありますし、利用者様から聞いたことがあります。
しかし、その場面に出くわしても職員を注意することはできませんでした。注意しないことが虐待を助長していくのです。なぜなら、虐待に近いかな?と思わる場面が、助長されると確実に虐待につながるからです。私だけでなく、私以外の職員(管理者も含め)もこのような態度でいることは、虐待を助長する風土となりかねません。
また、これは個人の問題ではなく、組織としての問題もあります。施設には必ず理念があります。施設の理念が、職員に伝わっていないのも問題の一つです。私は今回の研修を行うにあたって、久しぶりに理念を見直しましたし、施設の理念がわかっている職員はどのぐらいいるのか疑問に思っています。
③職員のストレス
施設で働く職員は、専門的知識を駆使した「知的労働」であり、車イスへの移乗や入浴介助などの「肉体労働」であり、はたまた利用者様が落ち着いて過ごせるように、感情をコントロールする「感情労働」の側面があります。
近年の医療・介護分野は人手不足・待遇の悪さの悪循環により、職員のストレスが大きくなります。特に人手が不足する夜勤に虐待が多く起きるというデータもあります。
職員のストレスが大きくなると、特に怒りの感情がコントロールしづらくなると言われています。ゆえに虐待につながっていくわけです。
職員個人でのセルフケアも大事ですが、個人だけに任せるのではなく、職員が過度にストレスを抱えていないか、管理者が目配りする必要があります。
表に出る虐待は氷山の一角
テレビなどのメディア、市からの指導、施設内で問題になる行動だけが、虐待かというと、そうではありません。虐待かそうでないかは白黒はっきりとつけるのは困難です。

不適切なケアがでる時点で、虐待の芽があるといえる状態です。明らかに虐待があると判断できる周辺には、不適切なケア(グレーゾーン)があるということです。虐待を防止するには、虐待の芽を摘む=不適切なケアを減らす努力が必要なのです。
不適切なケアとは?
虐待と言わなくても、不適切なケアとはどんなものでしょうか?
不適切なケアとは、職員の自覚・無自覚は関係なしに、利用者様にとって「正しくないケア」のことを言います。
具体的に不適切なケアを出してみましょう。
- 利用者様の名前を呼び捨て
- トイレに行こうとする利用者様を何も言わずに席に戻す
- 食べ物で汚れてしまった洋服を着替えさせていない
- 利用者様にきつい言葉で叱責する「なんでコール押さないの?!」
- 待っててくださいと言って、そのまま放置
上記の例は、ほんの一握りです。
施設で働いていると実際してしまったり、目にしたり耳にしたりしたこともあると思います。まずは不適切なケアがあるということを認識することが大事です。他の人とも共有し、不適切なケアは、他にどんなものがあるか共有し、対処方法を検討することで不適切なケアが減ることでしょう。
高齢者虐待を防止する4つのポイント
今まで高齢者虐待の種類や要因、不適切なケアがどういうものかを説明してきました。高齢者虐待を防止する4つのポイントを説明します。
①教育・知識・介護技術の向上
高齢者虐待が発生する要因として、教育・知識・介護技術の問題をあげました。認知症に対する正しい知識や正しいケアの方法を身につけましょう。正しい知識があるだけで、利用者様のできること、できないことが見えてきます。その正しい知識をもって、正しいケアをしていくことが重要です。
知識と介護技術を使うことにより、利用者様と職員、両方がストレスなくできる方法が見つかることもあります。
②ケアの共有
不適切なケアをしてしまったとき、目にしたとき、耳にしたとき、ケアの方法に迷いがある時は、同じセクションで共有するようにしましょう。共有することで、不適切なケアに対して意識が高まり、注意したりすることができるかもしれません。共有しないことは、ひとりよがりのケアになりやすく、不適切なケアが助長され、虐待につながりかねません。
また、正しいケアを共有することも有効です。正しいケアの積み重ねを共有することで、ケアの方法に困っている人にとっては、ヒントになり得ることもあるからです。
ケアの共有方法として、定期的に報告するのもいいのですが、日々の記録や連絡帳で職員に周知する方法があります。
③ストレスコントロール
ストレスケアは個人レベルと組織レベルでの対応が必要です。
施設で働いている職員は、常に感情のコントロールを要求されがちです。
表で感情のコントロールはできたとしても、ストレスが積み重なると怒りが爆発してしまい、衝動的な行動を引き起こしたり、燃え尽き症候群のように無気力になる場合があります。
不適切なケアを行った場合は、その個人を責めるのではなく、不適切なケアを行ってしまった背景の分析が必要です。
個人レベルでも、自分のメンタルヘルスには注意をしていくのと同時に、組織レベルではメンタルが保てるような配慮(例;職場環境の見直し、業務改善など)をしていただきたいと思います。
④接遇への意識
介護施設では、利用者様が安心して過ごせるサービスを提供する「サービス業」であります。
サービス業で一番に挙げられる飲食店においても、お客様相手に雑に扱ったりはしませんよね?
日ごろから言葉遣い、態度、気配り、配慮などに注意していきましょう。
まとめ
施設で働く職員誰しもが、不適切なケアを行う可能性があります。私も不適切なケアを行う可能性は十分にあります。不適切なケアは虐待の芽とも言えます。不適切なケアを放置すると、いずれ高齢者虐待につながってしまう可能性があります。個人間でも組織でも「不適切なケア・虐待」についての考えやケアを共有し取り組むことが大切です。
高齢者虐待防止において目指すべきは、不適切なケアをできるだけ減らす!ことです。
自分の不適切なケアを見直し、明日は昨日よりちょっとだけ正しいケアをしてみませんか?
きっと仕事の終わりの充実感が変わってくると思いますよ。